小笠原満男がセリエAデビューを果たしました。
鹿島アントラーズからイタリア・メッシーナに移籍したMF小笠原満男は20日、ホームで行われたレジーナ戦に後半8分から途中出場して、ボランチのポジションで14分にヘディングシュートを放つなど積極的にボールに絡み、2―0の勝利に貢献しました。
ちなみにセリエAでプレーした日本人選手7人目で、初めてデビュー戦で勝利をした選手です。
この試合で、小笠原満男の名前はイタリア中に知れ渡ったそうです。わずか38分間のプレーでしたが、地元紙から絶賛されました。
ガゼッタ・デル・スッドは「柳沢はともかく、こちらは本物のサッカー選手のようだ。足元の技術もあり、ずる賢さも持ち合わせている」と評価されました。
柳沢はともかくって・・・
2試合連続のベンチスタートでしたが、念願の欧州デビューは1―0の後半8分にやってきました。コルドバと交代でボランチのポジションに入った小笠原はヘディングシュートを放つなど積極的にボールに絡んでいきました。
海峡を挟んで向かい合うレジーナとのダービーマッチで良いプレーが出来た小笠原は「重要視された戦いでしっかり勝てたことが良かったし、自分も出られて良かった」と手応えを口にしました。
この試合はリードした場面からの出場で、いつもの攻撃的なスタイルから献身的な守備的なプレーでした。
ジョルダーノ監督も小笠原について「W杯に出場したほどの選手だ。戦術重視のサッカーを覚える必要はあるが、イタリア語もよく話しているし、いい兆候だ」と好評価です。
現在メッシーナは2勝1分けでパレルモに次いで2位と絶好調です。次節カターニアとのシチリアダービーはMFコッポラが累積警告で欠場なので、小笠原の出場がありそうです。
サッカー日本代表小笠原満男 情報
1995年に岩手県立大船渡高等学校に入学し、U-16(16歳以下)で日本代表に初招集さました。
1997年には第76回高校サッカー選手権に大船渡高校の選手として出場し、ベスト16に駒を進める原動力となる活躍で、大会優秀選手に選出され注目を集める。日本代表(高校選抜)の選手として、第58回ベリンツォーナ国際ユース大会等に出場。
1998年に鹿島アントラーズに入団し4月15日の対ガンバ大阪戦でJリーグデビューを果たしました。U-19日本代表に選出され、AFCユース選手権に出場し準優勝を経験しています。
Jリーグ初得点は1999年5月5日の対ジュビロ磐田戦です。U-20日本代表としてFIFAワールドユース選手権に出場し準優勝をしています。U-22オリンピック代表にも選出されましたが、本番では落選した苦い経験も持ちます。
2000年に鹿島アントラーズが史上初の3冠を達成した時には、チームの大きな原動力となりました。
A代表デビューは2002年3月21日の対ウクライナ戦です。22歳で日韓ワールドカップにも選出されましたが、第3戦の対チュニジア戦で6分間の出場で終わりました。
代表初ゴールは2004年2月7日のキリンチャレンジカップ対マレーシア戦です。
2005年のワールドカップアジア最終予選では、北朝鮮戦とバーレーン戦で貴重な得点をあげるなど、際立った活躍をしました。
2006年2月18日のキリンチャレンジカップ対フィンランド戦で、後半12分に日本陣内から約58m(滞空時間4秒)の超ロングシュートを決め、後世に残るスーパーゴールを記録しました。
2006年6月には26歳で自身2度目のワールドカップとなるドイツワールドカップ日本代表に選出されました。背番号「8」です。
グループリーグの第2戦(クロアチア戦)と第3戦(ブラジル戦)に出場しましたが、2敗1分で決勝リーグに進むことは出来ませんでした。
2006年8月にイタリア・セリエAのFCメッシーナへ10ヶ月(2007年6月まで)のレンタル移籍が決まりました。